永平寺に行ってきました 見どころをたくさんご紹介します!

前々から行きたいと思っていた永平寺に行ってきましたので、備忘録という意味も含めてここで見どころなどをご紹介します。

永平寺ってどんなお寺?

永平寺は、寛元二年(1244年)に曹洞宗の道元禅師によって開山された雲水(修行僧)のための修行場で、もともとは大仏寺という寺号でしたが、2年後(1246年)に永平寺と改められました。

(「永平」には「久的な和」という意味が込められているそうです。)

その修業は「只管打座(しかんたざ)」という座禅を基本としたもので、日常の細かな所作まで取り決められている厳しいものです。

(永平寺の修行についてはコチラ→永平寺の修行って厳しいと聞くけど本当?住職から聞いた話も!

永平寺には大小70にも及ぶ建物がありますが、参拝者はすべての建物に入れるというわけではありません。

ただ、京都のお寺は建物の内部の撮影が禁止されているところが多いのですが、永平寺では僧侶を写さなければどこを撮影してもオーケーです(フラッシュ撮影は禁止)。

永平寺に到着

龍門を通っていよいよ永平寺に到着しました。

(↑龍門 土曜日だったので人でいっぱいです。)

通常なら通用門で拝観料を支払って入場するのですが、ここは通用門を素通りして奥にある唐門(からもん)へ。

唐門はかっては「勅使門」と呼ばれ、皇室からの使者を迎え入れるときに使われた門で、門扉には皇室の御紋が飾られており永平寺では外せないスポットです。

唐門の下の大杉は樹齢500年とも言われていて、本能寺の変や関が原の戦いも知っていたのかと思うと感慨深いですね。

唐門はその下にある石段から通行禁止となっていて、一般の人は近くまで行くことはできませんが、下から見るだけでも荘厳さは十分に感じられます。

(↑唐門)

(↑通用門 ここも人でいっぱい)

七堂伽藍(しちどうがらん)

寺院では建物のことを「伽藍」と言い、永平寺では次の7つの伽藍を主要なものとして七堂伽藍と呼んでいます。

また、七堂伽藍の配置は仏様の座禅姿を模しているのだそうですよ。

  • 東司(とうす・お手洗い 右足)
  • 僧堂(雲水が座禅、食事、就寝をするところ 右手)
  • 仏殿(お釈迦様が祀られています 心臓)
  • 法堂(はっとう・朝のおつとめをするところ 頭)
  • 大庫院(だいくいん 主に雲水たちの食事を作るところ 左手)
  • 浴室(左足)
  • 山門(腰)

永平寺参拝のコースも吉祥閣(禅の修行を体験できるところ)で若い雲水の説明を受けたあと、傘松閣(さんしょうかく)を通って七堂伽藍を中心に、ほかに承陽殿(じょうようでん)を廻るコースとなっています。

(↑赤い矢印線が永平寺参拝順路 確かこんなふうだったと記憶してます。)

傘松閣

永平寺で有名なもののひとつが傘松閣の二階にある絵天井です。

天井絵には四季折々の花や動物が上座から春・夏・秋・冬という順に描かれています。

昭和5年に制作され、当時の著名な画家たちによる230枚のきらびやかな絵が参拝者を迎えてくれます。

一つ一つの絵をじっくりと鑑賞したいところですが、時間がいくらあっても足りないので傘松閣を出て東司の前を通って僧堂に向かいます。

僧堂

僧堂は雲水たちが食事をしたり寝たりするところなので、看板には雲堂と書かれています。

雲水にとって永平寺の中ではすべての時間が修行の時間であり、「食べる」「寝る」といった基本的なことにも細かなしきたりが決められています。

 

このような厳しい修行と座禅によって悟りが開ける、というのが道元禅師の考えだったのでしょう。

私だったら「食べるときくらい好きにさせてくれ!」と思ってしまいます。

特に、音を立てずに食べるなんてことは不可能に近いでしょう。

修行僧たちはストレスを感じないんでしょうか。

もっとも、こういったことをストレスと思わなくなるようになるのが修行僧の目的なのかもしれませんが・・・。

仏殿

仏殿の内部中央の須弥壇(しゅみだん)には中央には曹洞宗のご本尊であるお釈迦様、右側に過去を現す阿弥陀仏、左側には未来を現す弥勒仏が祀られています。

正面上部には「祈祷」という文字が掲げられていて、昼と夜のお勤めの際には世界平和とすべての人の安泰が祈願されています。

(↑見ずらいかもしれませんが、お釈迦様の両側に光背だけが確認できます。)

欄間に施された彫刻も素晴らしいですね。

承陽殿

仏殿の西に位置するのが承陽殿で、曹洞宗の聖地とも言える場所です。

なぜなら、承陽殿には永平寺初代貫主の道元禅師、二代目貫主の孤雲懐奘禅師の御尊像と遺骨が安置されているからです。

また、三~五代貫主と寶山禅師の御尊像も安置されているほか、歴代禅師の位牌も収められています。

承陽殿内部に掲げられている「承陽」と書かれた額は、明治天皇から賜ったものということです。

(↑手前は承陽門 奥が承陽殿)

道元禅師が亡くなったのが1253年なので、750年以上も遺骨が守られていることになります。

永平寺は応仁の乱などですべての建物が一度は焼失しているそうですが、それにもかかわらず遺骨が現存しているとは、僧侶たちの「遺骨を守る」という執念のようなものが感じられますね。

承陽殿にもお賽銭箱があるんですが、お賽銭箱の前のスペースが狭いため、参拝者が多いときにはお供えをするのに少し待たなくてはなりません。

法堂

永平寺の貫主が説法を説く道場で、朝のお勤めや各種法要などもここで行われています。

正面中央上には「法王法」と書かれた額が掲げられています。

ここでいう法王とはお釈迦様のことで、お釈迦様の法を説く道場という意味らしく、額の文字は有栖川宮幟仁親王(ありすがわのみやたかひとしんのう)が書かれたとのことです。

法堂には中央に聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)が祀られています。

ここにはお賽銭箱が設置してあって素通りしたらバチが当たりそうで、もちろん私も参拝してきましたよ。

大庫院

パッと見は三階建ての建物のように見えるんですけど、実は地上四階、地下一階のとても大きな建物です。

大庫院の正面には韋駄尊天(いだそんてん)が祀られています。

足が速い韋駄尊天が祀られているのは、できた料理をすぐに僧侶のもとへ届けられるようにということからだそうです。

庫院とは禅宗寺院で食料を保管し、食事を作る建物のことです。

禅宗寺院で僧侶の食事を司る役目を持った僧のことを典座(てんぞ)と呼び、食事を作る台所のことを典座寮と言い、大庫院の1階にあります。

私が永平寺を訪れたときには、7人の典座が120人の僧侶の食事の面倒をみていると説明がありました。

典座は普通の僧侶たちより2時間早い午前2時に起床するそうです。

だからといって就寝時間が早くなるわけでもなく、普通の僧侶と同じく午後10時の就寝だそうです。

4時間しか睡眠時間がない過酷なお勤めですが、これも修行。

道元禅師は食事を作る側の心構えとして「典座教訓」を、食事を頂く側の心構えとして「赴粥飯法(ふしゅくはんほう)」を残されています。

テレビの放送で一度見たのですが、典座の作る食事は材料を余すことなく使い切り、食べる側も音を立てずに残さず食べきって最後は器もきれいにして返していました。

見ていて清々しくなるほどの作法でした。(僧侶たちにとっては厳しい修行なのですが。)

精進料理なので肉や魚を調理することはできませんが、大豆をすりつぶして油で揚げて肉のような食感にするなど、材料を工夫して八宝菜やカレーなんかも作るそうです。

どんな味なのか一度食べてみたいと思うのは私だけでしょうか。

大すりこぎ棒

大庫院のなかに長さ4メートルの大すりこぎ棒が吊り下げられています。

もともとは地盤を固めるために使われていたものを、捨てるのはもったいないと加工してすりこぎ棒として展示したそうです。

近くにいた若者が「この棒をさするとどんなご利益があるの?」と言っていたので、「3回さすると料理が上手くなるそうだよ」と教えてあげると「家が料理屋だから」とさっそくなでていました。

私ももちろんさすってきましたよ。

山門

七堂伽藍のなかで一番古い山門は、雲水が生涯でたった二度だけ通ることを許される門です。

その二度とは雲水が入山するとき、そして修行を終えて山を下りるときです。

永平寺での修行を希望する僧侶たちは、凍てつく寒さの中で何時間もこの山門の前で待たされるわけです。

山門楼上には五百羅漢が祀られていて、毎日ここでもお経があげられています。

山門の内側の上部に金ピカの額が掲げられています。

 

吉祥山(きちじょうざん)とは永平寺の山号で、道元禅師による「吉祥山永平寺」命名の由来が書かれています。

元号の宝治二年とは1248年のことであり、開山まもなくの頃です。

もちろん復元されたものでしょうが、歴史を感じます(どんな意味なのかはわかりませんが)。

そして山門の内側には四天王像が左右に二体づつ祀られています。

ものすごい形相で仁王立ち、「厳しい修行が待っておるぞ」と雲水たちに睨みを効かせてます。

ガイドさんは、この山門は消失したら二度と復元することはできないと言ってました。

確かに複雑な造りのようですが、日本の宮大工の技能があれば出来そうな気がしますが。

鐘楼

山門の下に鐘楼があります。

永平寺の除夜の鐘は有名ですね。

重さは5トンもあり、ここでは朝・昼・夕方・晩の四回、修行僧たちによって撞かれています。

鐘楼の下に見えるのは唐門です。そろそろ永平寺の参拝も終わりに近づいてきました。

祠堂殿(しどうでん)・舎利殿

祠堂殿では宗派を問わず、納骨や供養などの法事が行われています。

舎利殿正面には地蔵菩薩が祀られています。

瑠璃聖宝閣(るりしょうぼうかく)

いよいよ最後の観覧場所です。

瑠璃聖宝閣は国宝である道元禅師直筆の「普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)」などの重要文化財や、書や絵画、古文書などが収められている宝物館です。

これをもって私の永平寺の参拝は終わりました。

入山する前のガイドさんの話では「1時間半あれば見られる」とのことでしたが、それだとただ通り過ぎるだけです。

私のようにゆっくり見たいという人は半日みておいたほうがいいでしょう。(私は3時間くらい滞在しましたが、それでも全部は見ていません。)

時間に制限のあるツアーではなく、個人で行く旅行のほうがいいですね。

おまけ(瓦志納)

永平寺は冬の降雪量が非常に多いところにあります。

そのために多くの瓦が傷んでしまって修復が必要になるため、参拝にみえた人に瓦志納をお願いしています。

志納は一口1,000円からで、私も志納をしてきました。

すると、思ってもいなかったのですがパワーストーンのブレスレットと修証義を記念にいただきました。

少し前に、つけていたブレスレットが切れてしまい、どうしようかと思っていたので私としてはラッキーでした。

ブレスレットはグリーンとピンクの2種類から選ぶことができます。

瓦志納をした方は、毎朝の法堂でのお勤めで先祖供養をしていただけます。

永平寺に参拝された際には瓦志納をしてみてはいかがでしょうか。

終わりに

永平寺の門前には観光地らしく売店がたくさんあります。

清水寺の門前通りほど道路は狭くないので、ゆっくりとお店を回れます(ただし車も通ります)。

ここは永平寺そばが有名で、お蕎麦屋さんもたくさんあったんですけど、私はランチを済ませてからの参拝だったので食べませんでした。

その代わりにお土産として買ってきたので、どんな味なのか楽しみです。

あと、永平寺の廊下はすべて板張りです。

寒い時期に行かれるときは、スリッパを持参されたほうがいいと思います。

永平寺では一般人向けに泊りがけの参禅体験も行っています。

次は雲水の生活を体験してみたいと思いながら永平寺を後にしました。